メンタルヘルス事業のDDでは、売上や利益に加えて、相談記録をどう守っているか、専門職が承継後も働けるか、法人顧客との契約を移せるか、地域の医療・福祉・産業保健ネットワークを維持できるかを同時に確認します。カウンセリング、EAP、リワーク、就労支援、訪問看護周辺の事業は、一般的なサービス会社よりも「人」「信頼」「要配慮個人情報」「許認可・指定」への依存が大きく、資料を多く開示すればよいわけではありません。

この記事の要点
- DDの起点は、対象会社の売上表ではありません。法人形態、取引スキーム、指定、データ所在を一枚の範囲表にします。
- 調査対象は「契約」「専門職」「情報システム」「地域紹介元」の四層に分けると、価値とリスクを同じ地図で確認できます。
- 個人情報保護法上、事業承継に伴う個人データの提供には一定の整理があります。ただし、契約前に生の相談・診療記録を一括開示してよいわけではありません。
- 匿名段階、NDA締結後、基本合意後、クロージング準備の各ゲートで、目的、閲覧者、項目、加工方法、持出し可否、削除期限を変えます。
- また、公認心理師等の守秘義務、法人顧客との秘密保持、相談者への説明、職業倫理は、個人情報保護法とは別に確認します。
- 最終契約では、許認可・指定、人員基準、契約承継、サイバーインシデント、データ移行、専門職の残留を、前提条件・誓約・補償・価格調整へ落とし込みます。
- PMIはクロージング後に始めるのでは遅く、DD中からDay 1、30日、100日の運営継続計画を準備します。
個別案件で確認すべき専門領域
ご注意:本稿は2026年8月10日時点の一般的な実務整理です。個別案件に対する法的助言、医療上の助言、税務上の助言、行政手続の可否判断、取引成立や許認可承継の保証ではありません。法人形態、所在地、サービス類型、契約、自治体運用、最新の法令・通知に応じて、弁護士、税理士、社会保険労務士、行政書士、情報セキュリティ専門家、所管行政庁等へ確認してください。
メンタルヘルス事業のDDとは何か
デューデリジェンス(DD)は、譲受候補が対象事業の価値、負債、契約、運営、法令対応、将来の継続可能性を調査します。また、取引条件と統合計画を判断する手続です。中小企業庁の中小M&Aガイドライン第3版でも、対象企業の各種リスク等を精査する調査として位置付けられています。ただし、メンタルヘルス領域では、一般的な財務・法務・税務DDだけでは事業の本質を捉えきれません。
契約・専門職・地域関係の依存を見抜く
例えば、売上が安定しているEAP事業でも、上位三社の法人契約に譲渡禁止条項やチェンジ・オブ・コントロール条項があれば、取引後の売上維持は自動ではありません。高い粗利を示すカウンセリング事業でも、売上の多くを代表者個人の面談に依存します。他の心理職へ引き継ぐ仕組みがなければ、代表者の退任とともに能力が失われます。地域で評判のリワーク事業でも、精神科医療機関、自治体、障害者就業・生活支援センター、企業人事との関係が個人の携帯電話や記憶だけで管理されていれば、法人の資産として再現できません。
さらに、相談者の病歴、障害の事実、健康診断結果、保健指導、診療・調剤に関する情報などは、個人情報保護法上の要配慮個人情報に該当し得ます。診療録の形式で整理されていない面談メモ、録音、チャット、予約理由、紹介状、支援計画も、特定の個人を識別できれば個人情報です。氏名を消しただけでも、勤務先、年代、地域、稀な相談内容、担当者、日時を組み合わせて本人を容易に識別できることが前提です。また、その場合、単純に「匿名情報」と扱うことはできません。
メンタルヘルス事業のDDの目的は粗探しではなく、承継可能性を設計すること
良いDDは、違反や欠点を列挙して価格を下げるだけの作業ではありません。どの契約に同意が必要か、誰が残ればサービスを続けられるか、どの記録を誰が保持するか、どのシステムをいつ切り替えるか、紹介元へ誰が説明するかを決め、取引後も利用者、従業員、法人顧客、地域関係者を不必要に混乱させない計画へつなげます。
したがって、DDの成果物は単なる質問回答表ではありません。さらに、少なくとも次の五点で構成すると実務に使えます。
- 論点台帳:事実、根拠資料、未確認事項、重要度、担当者、期限を記録する。
- 承継マップ:契約、資格者、許認可・指定、システム、データ、地域関係を、現所有者から承継後所有者へつなぐ。
- 開示判断表:各資料を、いつ、誰に、どの加工で、どの権限で開示したかを残す。
- 契約反映表:発見事項を、前提条件、表明保証、誓約、補償、価格、エスクロー等のどこへ反映するか示す。
- PMI初期計画:Day 1、30日、100日までに、サービス継続、情報管理、従業員説明、顧客説明、システム移行をどう進めるか定める。
メンタルヘルス事業のDD:法人形態と取引スキーム
「メンタルヘルス事業」という看板だけでは、適用法令も承継方法も決まりません。株式会社が法人向けEAPを提供する場合、医師個人が開設する心療内科にカウンセリング部門がある場合、医療法人がクリニックと訪問看護ステーションを運営する場合、障害福祉サービスの指定を受けた法人がリワークや就労移行支援を行う場合では、確認すべき資料が異なります。最初の一週間で、法人・拠点・サービス・契約・許認可を一枚に重ねた「対象範囲図」を作成してください。
一般会社のカウンセリング・EAP事業
また、一般会社では契約と資格表示、データ利用目的を重点的に整理します。
株式会社、合同会社、一般社団法人、NPO法人等が、医療行為ではないカウンセリング、研修、EAP、組織コンサルティング、オンライン相談を提供しているケースです。「メンタルヘルス」という名称だけで一律の事業許可が必要になるわけではありません。ただし、実際の業務が医業、職業紹介、労働者派遣、障害福祉サービス、保険募集その他の規制業務に該当しないかは別途確認が必要です。
この類型では、法人顧客との基本契約、個別契約、SLA、再委託条件、相談員の資格表示、広告表現、事故対応、利用者への説明、データ利用目的が中心論点です。株式譲渡では契約当事者たる法人は同一でも、チェンジ・オブ・コントロール条項や顧客への通知義務が発動することがあります。事業譲渡では契約、従業員、知的財産、システムアカウントを個別に移す必要が生じやすく、相手方同意の有無を早期に確認します。
診療所・医療法人を含む事業
そのため、診療所・医療法人では開設主体と診療記録の帰属を先に確認します。
心療内科、精神科、その他の診療所を含む場合、医療法上の開設・管理、医療法人の定款・役員・認可、医師法上の診療録、診療報酬、医療広告、医療情報システム等が調査対象になります。さらに、医療法人の設立、合併、分割、定款変更等には認可・届出が関係します。また、医療法人の合併・分割は、所定の認可が効力要件となる場合があります。通常会社の株式売買と同じ発想で「法人ごと買えば許可も契約もそのまま」と決めつけてはいけません。
診療部門と非医療のEAP部門が同じブランド、同じ受付、同じクラウド、同じスタッフを使っている場合を想定します。また、その場合、会計上の区分だけではありません。記録作成主体、利用目的、請求主体、医療と非医療の説明、広告、ドメイン・電話番号・予約システムの所有者を分けて確認します。取引前に所管都道府県、保健所、地方厚生局等へ相談すべき事項を洗い出します。照会記録を保存します。
リワーク・就労移行支援・就労継続支援
一方で、障害福祉サービスでは指定、人員基準、加算の継続性を運営実態から確かめます。
民間契約型の復職支援と、障害者総合支援法に基づく指定障害福祉サービスは、名称が似ていても制度が異なります。指定サービスでは、事業者・事業所の指定、人員、設備、運営、個別支援計画、サービス管理責任者、請求、記録、自治体運用等を確認します。就労移行支援、就労継続支援A型・B型、就労定着支援等では、類型ごとに人員基準や報酬上の要件が異なることが背景にあります。そのため、「福祉事業売上」と一括表示しません。指定番号、権者、期間、変更届、加算、返還・指導歴、月別配置を確認します。
事業譲渡や法人再編により、指定の新規取得、変更、廃止・再開、利用契約の再締結が必要になる可能性があります。地域や時点によって事前相談の期限や提出様式が異なることもあります。そのため、クロージング日から逆算します。また、行政相談、申請、利用者説明、人員確保を一つの工程表にします。
訪問看護ステーションと精神科訪問看護周辺
さらに、訪問看護では指定情報と届出、専門職の配置、診療情報の流れを整理します。
指定訪問看護では、指定、事業所ごとの人員・運営基準、管理者、看護職員、計画書・報告書、主治医の指示書、請求、記録、緊急時対応等が重要です。また、現行基準では、訪問看護ステーションの看護職員は常勤換算2.5以上、うち一名は常勤とされ、管理者についても要件があります。ただし、これは記事だけで最終判断しません。取引時点の法令、報酬、指定権者の取扱い、勤務表を確認してください。
精神科訪問看護では、病状、精神状態、服薬、生活リズム、対人関係、実施した看護等、特に機微性の高い情報が記録に含まれます。DDでは個別記録の本文を開く前に、記録様式、件数、保存期間、権限、主治医との連携、計画・報告の作成率、未完了記録、修正履歴をメタデータで確認します。
複数法人・複数拠点のカーブアウト
具体的には、カーブアウト対象の法人、拠点、契約、資産、データを一覧化します。
まず、地域事業者では、建物を代表者個人が所有する例があります。また、運営会社が賃借する例もあります。さらに、医療法人が診療所を運営する例もあります。別会社がEAP、別法人が就労支援を担う例もあります。ブランド、サイト、相談電話、採用、経理、システムが共通でも、法的主体は別です。DDスコープには次の対応表が必要です。
- 法人名、法人番号、代表者、株主・社員・理事・監事、実質的支配関係
- 各拠点の土地建物所有者、賃貸借、転貸、設備所有、原状回復
- サービスごとの契約主体、請求主体、入金口座、売上計上法人
- 許認可・指定ごとの名義人、所在地、管理者、更新・変更手続
- 商標、教材、ウェブドメイン、電話番号、SNS、予約アカウントの名義
- 従業員・業務委託者の所属法人と、実際に従事する拠点・業務
- 相談記録、診療記録、支援記録の作成主体、保管主体、管理責任者
この表がないまま財務数値だけを切り出すと、売上は譲渡対象なのに契約名義は別法人、システムは代表者個人名義、建物は短期賃貸、管理者は対象外法人所属という問題が基本合意後に判明します。カーブアウト案件では、対象資産・負債だけではありません。対象外の共有機能は、移行サービス契約で期限、費用、品質を定めます。
相談記録・健康情報・診療記録をどう整理するか
最初に「記録の名前」ではなく、内容と利用目的を見る
そのため、記録の名称ではなく内容、取得経路、利用目的、保存根拠を資料へ反映します。
さらに、現場では、「相談メモ」「ケースノート」「利用票」「面談履歴」「支援日誌」「予約備考」「チャットログ」「録画」「研修アンケート」「ストレスチェック結果」など、さまざまな名称が使われます。また、法的評価やDD上の機密度は、ファイル名ではありません。情報の対象者、目的、取得主体、共有先によって取扱いが決まります。
個人情報保護委員会と厚生労働省の医療・介護ガイダンスは、診療録等の形式に整理されていなくても個人情報に該当し得ることを示しています。病歴、障害、健診結果、保健指導、診療・調剤情報等は要配慮個人情報になり得ます。EAP相談で本人が語った不調、服薬、休職、家族の病歴、自傷リスク等も、内容に応じて高度な保護が必要です。
要配慮個人情報と事業承継の関係
個人情報保護法では、要配慮個人情報の取得や個人データの第三者提供を取り上げます。具体的には、本人同意を原則としつつ例外を定めています。また、合併、分社化、事業譲渡等の承継に伴う個人データ提供を扱います。具体的には、提供先を第三者に該当しないものとする整理があります。個人情報保護委員会の通則ガイドラインは、事業承継契約を締結する前の交渉段階で、相手会社から調査を受けるために個人データを提供する場合も対象になり得るとします。また、その場合には、利用目的・取扱方法、漏えい等発生時の措置、交渉不調時の措置等を取り上げます。具体的には、相手会社に安全管理措置を守らせる契約が必要と説明しています。
重要なのは、NDAを全相談記録の開示許可にしないことです。提供目的との必要性、最小化、安全管理、利用目的、専門職の守秘義務、顧客契約、相談者への説明、交渉不成立時の削除、アクセス記録等を個別に設計します。法令上の第三者該当性と、契約上・倫理上・信頼上の妥当性は別の問いです。
公認心理師等の守秘義務は法人のNDAとは別に残る
公認心理師法第41条は、公認心理師が正当な理由なく、業務に関して知り得た人の秘密を漏らしてはならず、公認心理師でなくなった後も同様と定めています。また、医師、保健師、看護師、精神保健福祉士等にも、それぞれ関係法令上の守秘義務が設けられています。一方、資格を持たない相談員について同じ法定守秘義務が当然に及ぶとは限りません。そのため、契約、就業規則、情報規程、教育、アクセス制御で補います。
譲受候補の担当者が医師や公認心理師の場合もあります。ただし、それだけでDD資料を閲覧する正当性が生じるわけではありません。さらに、閲覧者は、取引判断に必要な役割を持ちます。NDAとデータルーム規約に拘束され、目的外利用をしません。必要な範囲だけを見る者に限定します。臨床専門職が記録見本を見る場合も、取引チーム全員へ内容を展開しません。統制上の問題を抽象化した報告へ変換します。
記録の保存期間を一律に決めない
医師法上の診療録は、病院・診療所の管理者等が五年間保存する義務があります。指定訪問看護の一部記録は、完結日から二年間の保存が求められます。指定障害福祉サービスでは、サービス類型や記録に応じて五年間保存が確認項目となるものがあります。法人顧客とのEAP契約では、法定期間より長い保存、または契約終了後の早期削除が定められていることもあります。
そこでDDでは、「全データ七年」のような一律ルールではありません。そのうえで、次の保存台帳を作ります。
- 記録類型と作成根拠
- 作成主体、保管主体、管理責任者
- 法令・指定基準・契約・社内規程ごとの保存期間
- 起算点と終了予定日
- 紙・クラウド・端末・バックアップの所在
- 訴訟、事故、監査、請求等による削除停止の有無
- 削除方法、削除承認者、委託先の削除証明
クロージングでデータを移す場合も、譲渡側に保存義務が残る記録、譲受側がサービス継続に必要な記録、移してはいけない対象外事業の記録を分けます。また、移行後の「コピーが何個残るか」まで設計しなければ、旧クラウド、旧PC、メール添付、バックアップ、委託先に重複データが残ります。
ストレスチェック結果は通常の人事データと混ぜない
また、ストレスチェック結果は実施者と実施事務従事者の権限を分けて確認します。
ストレスチェック制度では、結果を事業者へ提供する際の本人同意、実施者・実施事務従事者、保存、通知方法等について特有の規律があります。厚生労働省の指針では、結果通知前に事業者への提供同意を取得することは不適当とされ、同意なく外部委託先の実施者等以外が個人結果を把握しないよう留意が示されています。
EAP会社がストレスチェックを受託している場合、DD担当者が「顧客別利用状況」として個人結果へアクセスする設計は避けます。まず、実施件数、回答率、契約、システム構成、権限分離、集団分析の出力条件、保存・削除、インシデント、実施者体制を確認します。個人結果の本文は、通常の商業DDで必要になる場面が極めて限定的です。
匿名段階・NDA後・基本合意後の開示ゲート
開示の失敗は、資料の内容だけでなく「早すぎること」から生じます。匿名段階で顧客名や相談者情報を出すと、不成立となった場合にも信頼を損なうおそれがあります。逆に、基本合意後も必要な資料が出ず、許認可やサイバー事故が最終契約直前に判明することが前提です。また、その場合、取引中止や条件悪化を招きます。目的に合わせてゲートを設けます。ゲートを越える条件を文書化します。
会社・財務・法人顧客の開示ゲート
| 開示項目 | 匿名段階 | NDA締結後 | 基本合意後 | クロージング準備 |
|---|---|---|---|---|
| 会社・拠点 | さらに、都道府県を広域化、拠点数、法人類型のみ。社名、住所、固有写真は出さない。 | さらに、社名、概略組織図、拠点地域。必要に応じ所在地は段階開示。 | また、登記、定款、株主・役員、賃貸借、拠点別資料。 | 変更届、名義変更、行政・家主・金融機関との実行工程。 |
| 財務 | 三期推移、売上・利益のレンジ、顧客集中度、事業別構成。 | また、月次試算表、部門別損益、匿名化した顧客別売上、正常収益調整。 | 総勘定元帳、請求・入金サンプル、債権年齢、税務・資金資料。 | クロージング残高、運転資本、未請求、精算表。 |
| 法人顧客契約 | さらに、業種、規模帯、更新月、契約類型、上位比率を集計。 | 顧客名をコード化した契約一覧、主要条項、ひな形、黒塗り契約。 | 重要顧客名、契約原本、譲渡・支配権変更・再委託・情報条項。 | 同意・通知・挨拶の順序、担当者、移行日、再締結状況。 |
専門職・記録・許認可の開示ゲート
| 開示項目 | 匿名段階 | NDA締結後 | 基本合意後 | クロージング準備 |
|---|---|---|---|---|
| 専門職 | また、職種別人数、常勤換算、資格構成、離職率、代表依存度。 | また、個人名を符号化したスキル表、勤務形態、契約類型、報酬帯。 | 必要最小限の氏名、資格確認、雇用・委託契約、同意取得計画。 | また、雇用承継・再契約、配置表、管理者届、Day 1シフト。 |
| 相談・健康・診療記録 | 件数、類型、保存期間、媒体、権限、欠損率等の集計のみ。 | 規程、様式の空欄版、権限表、ログ集計、十分に加工した例。 | さらに、必要性を承認した限定サンプルを、マスキング・閲覧専用・記録付きで確認。生データ一括提供は避ける。 | 法的根拠、対象範囲、移行手順、照合、旧環境削除、本人・顧客説明。 |
| 許認可・指定 | 類型、指定権者、更新時期、重大な未解決事項の有無。 | そのうえで、指定一覧、監査・指導の概要、人員基準充足の集計。 | 通知・処分・改善報告、勤務実績、請求、変更届、行政照会。 | 申請・届出原本、受理確認、効力発生日、代替プラン。 |
システム・地域・事故の開示ゲート
| 開示項目 | 匿名段階 | NDA締結後 | 基本合意後 | クロージング準備 |
|---|---|---|---|---|
| システム | また、主要機能、クラウド比率、重大事故の有無。 | 構成図、ベンダー一覧、認証、バックアップ、監査概要。 | また、契約、SLA、再委託、データ所在、脆弱性・事故資料、復旧試験。 | さらに、アカウント移管、鍵・ドメイン、移行リハーサル、切戻し、削除証明。 |
| 地域紹介元 | 地域別・類型別の件数と比率。固有名は出さない。 | また、コード化した上位紹介元、文書契約の有無、キーパーソン依存。 | 必要な紹介元名、契約・同意、紹介情報の共有方法、説明計画。 | 共同訪問、連絡先更新、紹介経路の再確認、緊急連携テスト。 |
| 事故・苦情 | 類型別件数、重大性、未解決件数。 | また、個人を識別しない事故台帳、原因・再発防止、報告有無。 | 重大案件の詳細、行政・顧客・本人対応、訴訟・保険。 | 未了対応の責任分担、連絡体制、補償・引当・通知。 |
メンタルヘルス事業のDDの匿名段階:「匿名」の法的用語と混同しない
一方で、この段階では個人を識別し得る粒度の資料を開示しません。
初期資料でいう「匿名案件」は通常、譲渡企業の社名を出さないという営業上の意味です。さらに、個人情報保護法上の匿名加工情報を作成したという意味ではありません。資料には「社名非開示」「個人識別情報を含まない集計」と明記します。地域、専門領域、顧客構成を組み合わせると容易に会社が特定される場合を想定します。その場合、区分を広げます。
さらに、この段階で買い手が判断すべきなのは、戦略適合性、概算規模、対象事業、地域、収益性、取引希望、主要リスクの類型です。顧客名、相談者名、従業員名、紹介元名、詳細な行政文書を出す必要は通常ありません。
メンタルヘルス事業のDDのNDA締結後:目的と返却・削除を具体化する
さらに、NDAには利用目的、閲覧者、複製、返却・削除の条件を具体化します。
また、一般的な秘密保持条項だけではありません。DD目的限定、閲覧可能者、外部アドバイザー、複製・ダウンロード、AIサービスへの入力禁止、再委託、事故連絡、交渉不成立時の返却・削除、バックアップ上の残存、法令保存、差止め等を定めます。個人データを扱う可能性があることが前提です。その場合、個人情報保護委員会の事業承継ガイドラインを踏まえます。利用目的、取扱方法、漏えい時、交渉不調時の措置を具体化します。
NDA後も、最初は契約一覧や人員表をコード化します。また、原本を一括開示しません。買い手の真剣度、資金力、競合関係、情報管理体制、取引責任者を確認します。また、必要な資料だけ段階的に開けます。競合買い手にはクリーンチームを設けます。価格、顧客、専門職、戦略等の機微情報を事業部門から隔離する方法も検討します。
基本合意後:限定データルームと質問経路を固定する
基本合意後は、重要契約、指定、人員、事故、システム等を詳しく確認します。ただし、全資料を全員が見られる状態にはしません。フォルダごとに閲覧者を設定します。さらに、二要素認証、透かしを付けます。また、ダウンロード制限、アクセスログ、掲載期間、更新履歴を使います。そのうえで、相談記録等の特別フォルダは、譲渡企業の情報管理責任者、指定された臨床・法務専門家、買い手の限定担当者だけが閲覧します。また、質問はデータルーム外のメールへ転送しません。管理されたQ&A機能で行います。
記録サンプルが本当に必要かは、次の順で判断します。第一に規程と様式、第二にメタデータと集計、第三に監査結果、第四に十分加工したサンプル、第五に限定原本です。また、前段で目的を満たせることが前提です。その場合、後段へ進みません。
クロージング準備:開示から移行へ目的を切り替える
契約締結が近づくと、閲覧の目的は価格判断から運営継続へ変わります。移行対象データ、法令保存の責任、顧客・本人への説明、システム停止時間、整合性確認、旧環境の削除、切戻し、事故時連絡を実行計画にします。最終契約が締結されても、クロージング条件が満たされるまで本番データを先行移管しない、という境界も明確にします。
契約・専門職・情報システム・地域紹介元の四層
メンタルヘルス事業の価値は、四つの層がつながって初めて生まれます。また、法人契約があっても担当できる専門職がいなければ履行できません。専門職がいても予約・記録・緊急対応システムが止まれば提供品質を保てません。また、三つが整っている場合もあります。それでも、地域の紹介元や法人顧客からの信頼を失えば利用は減ります。四層を別々のDDチームへ丸投げしません。さらに、同じサービス単位で突き合わせます。
第一層:契約DD
契約DDでは、契約書の有無だけではありません。実際の運用と売上が契約に合っているかを確認します。また、地方の事業者では、長年の取引が注文書、メール、口頭合意で継続します。また、最新のサービス内容と古い基本契約が一致しないことがあります。DDでは「契約台帳」「売上台帳」「請求書」「運用台帳」を照合します。
法人向けEAP・カウンセリング契約
法人顧客ごとに、契約当事者、対象従業員、相談チャネル、月額・従量料金、最低利用料、更新、解約、SLA、相談員資格、報告内容、再委託、個人情報、秘密保持、事故通知、監査、知的財産、譲渡、支配権変更、準拠法、損害賠償を一覧化します。売上上位だけではありません。利用者が多い顧客、事故責任が重い顧客、独自接続がある顧客も重要です。
法人向けサービスでは、「会社へ何を報告するか」が特に重要です。個別相談内容を報告しない契約でも、現場が人事担当者からの照会に応じてしまっていないか、月次報告の少人数セルから個人が推測できないか、危機介入時の例外共有がどの規程に基づくかを確認します。さらに、契約書、利用者向け説明、相談員マニュアル、システム出力が同じ線を引いていなければ、承継後の事故につながります。
個人利用契約と同意文書
個人向けカウンセリングでは、利用規約、キャンセル、料金、返金、オンライン環境、緊急時対応、医療行為ではない旨、適用範囲、個人情報の利用目的、録音・録画、未成年者、家族・勤務先・主治医との連携等を確認します。また、同意文書が紙、ウェブ、口頭で混在する場合を想定します。その場合、バージョンと同意日時を再現できるかが重要です。
規約を更新した履歴がなく、現行画面だけを上書きしていると、特定時点で何に同意していたかを証明できません。DDでは、規約バージョン、公開日、同意取得方法、再同意、例外処理、古い利用者への適用を確認します。承継による運営主体変更をどう通知するか、利用継続を拒む選択肢や問い合わせ窓口をどう用意するかもPMI課題です。
医療・福祉・地域機関との契約
医療機関との業務委託、産業医・保健師との連携、自治体委託、障害福祉サービスの利用契約、相談支援事業所との連絡、訪問看護の主治医指示、紹介元との覚書等を確認します。書面がない場合もあります。それでも、個人情報や要配慮個人情報を受け渡していることが前提です。その場合、提供主体、目的、同意、緊急時、保存、削除、責任者を明らかにします。
自治体や公的機関の委託は、入札・公募、再委託承認、従事者要件、情報セキュリティ、報告、監査、地元拠点、事業者変更時のデータ返却等の条件が厳しいことがあります。株主変更や事業譲渡が契約上の届出・承認事項か、次回公募までの収益をどこまで見込めるかを分けて評価します。
業務委託者・フリーランス専門職との契約
また、カウンセラー、講師、産業医、保健師、精神保健福祉士、スーパーバイザー等との契約を取り上げます。具体的には、業務内容、資格、報酬、最低稼働、競業、顧客勧誘、知的財産、記録の帰属、端末、秘密保持、個人情報、再委託、事故、契約終了後の記録返却・削除を確認します。契約上は業務委託でも、指揮命令、時間・場所の拘束、代替性、報酬設計等から労働者性が問題にならないかは専門家と確認します。
講師が個人で保有する教材、心理検査の利用権、研修動画、ワークシート、相談メソッドを事業が自由に使えるとは限りません。会社ロゴ入りでも著作権譲渡がない、退職後利用の許諾がない、第三者素材のライセンス範囲を超える、といった問題を知的財産台帳へ記録します。
契約承継の実行可能性
さらに、株式譲渡では契約当事者の法人は通常変わりません。ただし、支配権変更、役員変更、信用不安、競合による買収等を通知・解除事由とする契約があります。事業譲渡は特定承継です。契約上の地位を移すために相手方同意が必要になる場面が多くあります。契約ごとに「同意不要」「通知」「事前承認」「再締結」「承継不可」「要法務判断」を付け、売上額と実行期限を結びます。
承継同意を早期に取りに行くと、秘密保持が崩れるおそれがあります。そのため、契約ごとに同意時期、説明主体、資料、代替契約の要否を決めます。また、同意が得られない場合の売上影響とサービス継続策も試算します。重要契約は、基本合意後の優先タスクとして期限と責任者を明確にします。
第二層:専門職・人員DD
メンタルヘルス事業では、専門職は単なる人件費ではありません。契約履行、許認可・指定、サービス品質、紹介元との信頼を支える資産です。一方、個人は資産として所有できず、残留を強制できません。DDの目的は「名簿を得ること」ではありません。必要な役割が、適法・適切な条件で、無理なく継続できるかを確かめることです。
資格と役割を分けて把握する
また、人員表には、氏名より先に、職種、資格、登録番号確認日、雇用・委託区分、常勤換算、勤務拠点、担当業務、管理者・サービス管理責任者等の指定上の役割、顧客専任、夜間対応、言語、専門領域、スーパービジョン、代替可能者を記載します。同じ公認心理師でも、法人営業、面談、危機介入、ストレスチェック実施者補助、研修、管理を担う人では承継リスクが異なります。
資格証の写しを集めるだけでは不十分です。更新・登録状態、氏名変更、勤務実態、業務範囲、資格表示、顧客契約で要求される経験年数、行政へ届けた配置との一致を確認します。資格情報自体も従業員の個人情報です。そのため、匿名段階は集計、NDA後はコード化します。基本合意後に必要最小限の本人確認へ進みます。
キーパーソン依存を数値化する
代表者や特定専門職への依存は、感覚ではありません。次の指標で見ます。
- 売上のうち、その人が営業・契約管理・サービス提供する比率
- 相談件数、研修登壇、紹介元対応、危機対応の担当比率
- その人だけが持つ資格、管理者要件、システム権限、言語、専門性
- 代替までの採用期間、引継ぎ期間、顧客同意の必要性
- 記録・マニュアル・顧客関係が組織化されている割合
- 退任・病休・競合移籍が起きた場合のサービス停止時間
「代表者は一年残る予定」という口頭説明だけでは、評価できません。役割一覧、引継ぎ時間、報酬、意思決定権、競合・勧誘、健康負担、後継者、終了条件を契約化します。また、代表者が抜けても回る状態へ移す計画が必要です。
事業譲渡における労働契約の承継
さらに、厚生労働省の事業譲渡等指針は、事業譲渡における労働契約の承継には、承継予定労働者の個別承諾が必要であること、真意による承諾のために譲受会社の概要や労働条件等を十分説明し協議すること等を示しています。労働条件を変更して承継する場合、その変更についての同意も問題になります。
そのため、基本合意直後に全従業員へ一斉通知するのではありません。秘密保持と説明責任を両立する人事計画を作ります。説明者、対象順序、提示条件、質問窓口、同意書、回答期限、不承諾時の運営、労働組合・従業員代表との関係を準備します。承継同意を取る前に、譲受側が個々の病歴、休職歴、相談利用歴を取得することがないよう、人事情報と健康情報を分けます。
業務量、品質、ウェルビーイング
専門職が残留する場合もあります。ただし、過重なケース数、夜間対応、感情労働、スーパービジョン不足、記録残業が続けば、品質と定着は保てません。次の運営指標を月次で確認します。
- 職種・雇用形態別の稼働時間、面談件数、訪問件数、担当ケース数
- 記録作成に要する時間、未完了記録、承認待ち、修正件数
- 夜間・休日・緊急対応、オンコール、代休、時間外労働
- キャンセル、無断欠席、再予約待ち、初回までの日数
- スーパービジョン、ケース会議、研修、資格維持支援
- 退職、休職、採用所要日数、欠員、派遣・委託への依存
- 苦情、事故、エスカレーション、再発防止、ピアレビュー
これらは専門職個人を評価するためではありません。組織の負荷と品質管理を確認するために使います。個別の相談内容や健康状態を人事評価へ流用しないよう、データの目的を分けます。
公認心理師・医療職の守秘と引継ぎ
担当者変更では、「記録を渡す」だけではありません。相談者との同意、支援目的、危機対応、主治医や家族等との共有範囲を確認します。そのうえで、公認心理師法は連携の重要性も定めています。ただし、連携は無制限な情報共有を意味しません。正当な目的、必要な範囲、本人への説明、緊急性、関係法令・契約を踏まえます。
PMI時に面談担当者を機械的に全員変更すると、相談中断や離脱を招きます。高リスク、長期継続、紹介元指定、特定言語、特定療法等のケースを識別します。また、本人を特定しない集計で移行負荷を見積もります。個別引継ぎは、権限と目的が確定した後に、必要な臨床担当者間で行います。
第三層:情報システム・記録DD
小規模事業者でも、相談受付フォーム、予約、オンライン面談、チャット、電子カルテ、支援記録、CRM、請求、勤怠、メール、ファイル共有、クラウド電話、ウェブ解析など、多数のサービスを組み合わせています。代表者が「クラウドなので安全」と説明する場合もあります。ただし、契約名義、管理者権限、再委託、保存国、バックアップ、ログ、退職者アカウントまで確認しなければ安全性は評価できません。
システム台帳とデータフローを作る
システム台帳には、サービス名だけではありません。用途、契約者、管理者、利用者数、保存データ、要配慮個人情報の有無、データ所在、外部送信、API、再委託先、認証方式、ログ、バックアップ、契約更新、解約時出力、削除、費用を記載します。無料ツール、個人アカウント、共有ID、退職者のアカウントも漏らしません。
データフロー図では、相談者がフォームへ入力してから、通知メール、予約台帳、面談ツール、記録、請求、法人向け集計、紹介元報告、バックアップ、分析基盤へ流れる経路を矢印で示します。「本番データは国内クラウド」と説明されても、通知メール本文、表計算のエクスポート、録画、サポートチケット、ログに同じ情報が複製されていることがあります。
本人確認とアクセス権限
相談者の本人確認では、匿名相談の価値と誤送信・なりすまし防止を両立します。必要以上の身分証を集めるのではありません。サービス類型、緊急性、契約、請求、オンライン特性に応じて手段を決めます。従業員側は、共有IDを廃止します。また、役割別権限、最小権限、管理者アカウント分離、多要素認証、異動・退職時の即時停止、定期棚卸しを確認します。
また、DDでは、権限設定の画面だけではありません。過去六〜十二か月の付与・変更・削除記録、休職・退職者の残存、外部委託者の期限、特権IDの利用ログを確認します。管理者が代表者一人で、認証端末も個人スマートフォンだけという前提を置きます。その場合、取引前に副管理者、復旧手段、会社所有端末へ移す計画が必要です。
記録の完全性・見読性・保存性
医療情報システムでは、真正性、見読性、保存性が基本的な観点です。非医療の相談記録でも、誰がいつ作成・変更したか、必要時に読めるか、保存期間中に失われないかは品質と紛争対応に直結します。上書きだけで変更履歴がない、削除権限が全員にある、退職者の記録が個人端末にある、古い形式を開けないといった問題を確認します。
データ移行では、件数一致だけではありません。必須項目、文字コード、添付、タイムゾーン、担当者、同意バージョン、アクセス権、更新履歴、リンク切れ、検索性をサンプル照合します。移行前後のハッシュ値や監査記録を使える場合は活用します。また、移行責任者が受入判定を文書化します。
オンライン相談・録音・生成AI
オンライン面談ツールを取り上げます。具体的には、待機室、会議ID、録画初期値、文字起こし、AI要約、チャット保存、背景への映り込み、端末、通信、サポートアクセス、海外処理を確認します。便利な自動要約機能がアップデートで既定有効になり、利用規約上データが学習・品質改善へ使われる可能性がないかも確認します。
生成AIへ相談記録や紹介状を入力する運用は、正式導入だけではありません。個人契約のチャットAI、ブラウザ拡張、会議ボット、メール補助にも存在します。さらに、DD質問票には、利用サービス、入力禁止情報、法人契約、学習利用設定、保存、アクセス、承認、ログ、事故対応を含めます。利用実態が不明という前提を置きます。その場合、端末・SSO・経費・ブラウザ管理の範囲で調査します。また、従業員を過度に監視しない方法を選びます。
アカウント・ドメイン・知的財産の承継
ウェブドメイン、メール、電話番号、クラウド管理、アプリストア、SNS、広告、決済、電子署名、コードリポジトリの所有者を確認します。個人名義や制作会社名義を想定します。その場合、契約上移管できるか、二段階認証を変更できるか、請求先を切り替えられるかをテストします。ドメインが止まれば、相談受付、法人顧客連絡、パスワードリセットが同時に止まることが背景にあります。そのため、重要資産です。
自社開発システムでは、ソースコード、著作権、外注契約、オープンソースライセンス、脆弱性管理、開発環境、本番反映、秘密鍵、保守者、技術文書を確認します。ノーコードや表計算で構築した運用も「システム」として台帳に載せ、属人化とアクセスを評価します。
第四層:地域紹介元・連携ネットワークDD
また、地域の相談、リワーク、就労支援、訪問看護は、ウェブ広告だけで利用者とつながりません。地域の紹介が重要です。紹介元には、医療機関、産業医、企業人事、自治体、相談支援事業所、ハローワーク、学校、家族会等があります。金融機関や社会保険労務士から紹介される場合もあります。この関係は売上台帳に直接表れにくい一方、承継後の継続性を大きく左右します。
紹介元台帳は「名刺リスト」では足りない
紹介元ごとに、地域、機関類型、担当部署、関係開始時期、直近連絡、紹介件数、受入件数、逆紹介、契約・覚書、個人情報の授受、同意取得、緊急時連絡、担当者、代替担当、説明予定を整理します。紹介数が少ない場合もあります。それでも、夜間危機対応、復職判定、訪問看護指示等に不可欠な機関があります。
初期DDでは固有名を出さず、地域別・類型別の紹介件数、上位集中度、文書化率、代表者依存度を示します。NDA後はコード化します。また、基本合意後に重要な関係だけを限定開示します。紹介された利用者の氏名や相談内容を紹介元一覧へ混在させないことが重要です。
関係の強さと組織化を評価する
紹介元との関係が代表者一人の個人的信用に依存している場合、法人名や電話番号を引き継いでも紹介が途切れる可能性があります。次の観点で組織化の程度を評価します。
- 複数の従業員が窓口・経緯を理解しているか
- 紹介基準、受入不可条件、緊急時、逆紹介が文書化されているか
- 定例会、地域会議、研修等で継続接点があるか
- 担当者変更時の挨拶・情報更新を組織として行っているか
- 紹介件数を不必要な個人情報なしに把握できるか
- 利益供与、過度な接待、誤認を招く紹介料等がないか
- 競合買い手への承継により紹介元が懸念する事項は何か
地域連携で共有する情報の境界
「連携のため」という目的は広すぎます。紹介時から逆紹介時まで、共有者、共有先、共有内容を段階別に分けます。また、本人同意の様式だけではありません。同意時の説明、撤回、緊急時の例外、共有記録を確認します。企業人事から紹介された従業員を取り上げます。相談の利用や内容を人事へ返す範囲は、法人契約と利用者説明を一致させます。
地域連携ツール、共有メール、FAX、電話メモ、紹介状もデータフローへ含めます。FAX番号の登録、誤送信防止、受領確認、紙の保管・廃棄、留守番電話、共有メールの権限など、地味な運用が重大事故の入口になります。
承継時の説明順序
紹介元への説明が早すぎれば秘密が広がり、遅すぎれば「知らない運営者へ利用者を紹介できない」と関係が止まります。重要度と同意要否に応じて、クロージング前の限定説明、クロージング直後の共同訪問、30日以内の地域会議、契約更新時の再確認へ分けます。説明資料には、事業継続、担当者、専門職、情報管理、緊急窓口、サービス変更の有無を載せ、価格や買収の内部事情を過度に語らないようにします。
財務・運営・品質を一体で確認する
そのため、財務数値を契約、稼働、品質の運営指標と対応させます。
メンタルヘルス事業の財務DDでは、売上を「契約売上」「実際の提供量」「必要な専門職」「データ・許認可の裏付け」と結びます。会計上売上が計上されている場合もあります。それでも、未提供枠、前受金、返金義務、補助・給付の返還、過大請求、無償の追加対応があれば正常収益は変わります。
売上の質をサービス別に見る
EAPでは、固定月額、従量、相談枠、研修、オプション、立上げ費を分けます。契約更新月、値上げ、最低利用、超過、未消化枠を確認します。さらに、カウンセリングでは、新規・継続、対面・オンライン、保険外、法人負担・本人負担、回数券、キャンセルを分けます。就労支援・訪問看護では、提供実績、請求、返戻、過誤、加算、利用者数、稼働日、人員配置を突合します。
顧客集中度は、売上上位だけではありません。利益、担当者、システム、契約承継の難しさで評価します。売上上位顧客が低採算でも、地域ブランドや紹介ネットワークに重要な場合があります。一方、小口でも、同一企業グループや同じ紹介元へ集中すれば実質的なリスクです。
正常収益への調整
代表者の過少報酬、家族従業員、無償残業、個人所有物件の低額賃料、助成金、一時的な大口研修、採用欠員による人件費減、システム更新の先送りを調整します。専門職を適正配置します。また、セキュリティと管理体制を改善した後の費用を含めて収益力を評価します。
DDで必要な改善費には、管理者採用、資格者増員、未払残業、委託単価改定、MFA・端末管理、データ移行、バックアップ、規程整備、許認可・指定申請、顧客同意、専門家費用等があります。これらを「買収後の成長投資」と「過去の不足を是正する費用」に分け、価格とPMI予算へ反映します。
品質・安全・苦情
事故・苦情台帳では、件数の多寡だけではありません。分類、重大性、報告遅延、原因分析、再発防止、完了確認を見ます。そのうえで、相談者への不適切対応、予約放置、境界侵犯、ハラスメント、誤送信、記録閲覧、緊急対応遅延、請求誤り、紹介元との行き違い等を、個人が特定されない形で集計します。
「重大事故ゼロ」は安全の証明とは限りません。報告基準がない、現場が報告を恐れる、苦情が個人メールに埋もれる場合もあります。ヒヤリ・ハット、相談窓口、内部通報、監査、ケースレビュー、改善の実行率から、学習する組織かを確認します。
保険・紛争・行政対応
専門職賠償、施設賠償、サイバー保険、役員賠償等の保険を取り上げます。具体的には、被保険者、対象業務、免責、限度額、遡及日、事故通知、買収後のテールカバーを確認します。保険があるからリスクが消えるのではありません。サービス、オンライン提供、委託、要配慮個人情報事故が補償対象かを約款で見ます。
行政指導、返還、監査、苦情、訴訟、労務紛争は、過去分も確認します。過去の再発性を確認します。資料がなければ、所管庁、顧問、保険会社、取締役会議事録等から補います。また、譲渡企業の表明だけで終えません。
サイバーセキュリティと委託先DD
2026年8月10日時点で、厚生労働省は「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第7.0版」を公表しています。また、第7.0版は、医療機関等の経営管理、企画管理、システム運用、保守委託機関等の観点を示します。サイバー攻撃を想定したBCPやチェックリストも提供しています。医療機関等に該当しないEAP・カウンセリング会社へ全項目がそのまま法的に適用されるわけではありません。ただし、医療機関と連携します。また、健康・相談情報を扱う事業の安全管理水準を考える重要な参照点です。
また、経済産業省・総務省の「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」は、サービス提供側のリスクマネジメント、契約、SLA、開示等を検討する資料になります。システムが医療情報を扱うか、対象事業者に該当するかは個別に確認します。同時に、責任分界、再委託、可用性、事故対応、終了時移行をDD項目へ取り込みます。
経営者が確認すべきサイバー項目
- 責任体制:経営責任者、情報管理責任者、システム担当、事故時対策本部、外部連絡先が定義されているか。
- 資産把握:端末、サーバ、クラウド、アカウント、API、委託先、データ、ネットワークの台帳が更新されているか。
- 認証:多要素認証、特権ID分離、共有ID廃止、退職者停止、定期権限棚卸しがあるか。
- 端末・脆弱性:会社管理端末、暗号化、EDR等、パッチ、サポート期限、持出し、紛失時遠隔消去が管理されているか。
- ネットワーク:拠点、在宅、ゲストWi-Fi、医療・事務・来訪者環境の分離、外部公開、リモート保守が把握されているか。
- ログ:認証、閲覧、出力、管理操作、外部送信のログを取得します。改ざん防止、保存、監視、調査に使えるか。
- バックアップ:本番から分離したバックアップ、ランサムウェア耐性、復元テスト、RPO・RTO、紙運用等の代替があるか。
- 事故対応:検知、初動、封じ込め、証拠保全、委託先連携、PPC・所管庁・顧客・本人への報告判断、広報が訓練されているか。
- 事業継続:予約、緊急連絡、訪問予定、服薬連携等を停止時も安全に継続できるか。
要配慮個人情報の漏えい等を想定する
個人情報保護委員会は、要配慮個人情報を含む個人データの漏えい等、財産的被害のおそれ、不正目的、千人超等の一定事態について報告・本人通知が必要となる枠組みを示しています。報告対象事態を知った場合の速報は概ね三〜五日以内、確報は原則三十日以内、不正目的のおそれがある場合は六十日以内という案内があります。個別事案の起算点、報告先、本人通知の代替等は最新資料と専門家判断を確認します。
DDでは「漏えい確定件数」だけではありません。誤送信、端末紛失、不正アクセス、ランサムウェア、設定公開、退職者アクセス、委託先事故、バックアップ消失、メール侵害、AI入力等の疑いを含めた台帳を確認します。事故を隠したかではありません。さらに、検知できたか、適切に評価・報告したか、再発防止が有効かを見ます。
委託先・再委託先を取引の外に置かない
個人情報保護委員会の通則ガイドラインは、委託先の選定、契約、取扱状況の把握、再委託の監督等を示しています。DDでは、クラウド名を列挙するだけではありません。委託業務、データ項目、保存国、再委託、サポートアクセス、事故通知期限、監査、返却・削除、SLA、終了支援を確認します。
再委託先が契約画面からしか確認できない、変更通知を見落としている、海外サポートが本番データへアクセスできる、解約後のバックアップ削除時期が不明といった問題があります。譲渡企業が委託先を監督できる契約・運用を持つか、買い手が同じ契約を承継できるかを分けて判断します。
移行時に増える情報管理リスク
平常時のシステムが安全でも、M&Aの移行時には、臨時アカウント、大量エクスポート、外付け媒体、移行業者、メール添付、権限拡大が発生します。移行計画には、データ所有者、抽出者、暗号化、転送経路、受領者、照合、保存、作業ログ、障害時切戻し、旧データ削除、媒体破棄を定めます。
移行リハーサルは、個人を含まないテストデータか適切に加工したデータで実施します。また、本番移行の時間と失敗条件を確認します。相談中のケース、緊急連絡が必要な利用者、当日予約、未完了記録、訪問予定等は、システム移行とは別に業務継続表へ載せます。
メンタルヘルス事業のDDチェックリスト
以下は、対象事業に応じて取捨選択するための実務チェックリストです。そのうえで、すべての資料を初日から開示する一覧ではありません。各項目に、開示ゲート、責任者、根拠資料、確認結果、契約反映、PMI対応を付けて管理してください。
1. 法人・組織・取引範囲
- 対象法人、関連法人、代表者個人、実質的支配関係を図示したか。
- 株式譲渡、事業譲渡、合併、分割等の候補スキームを比較したか。
- 対象サービス、対象拠点、対象外事業、共有機能を定義したか。
- 売上計上法人、契約主体、請求主体、入金口座が一致するか。
- 土地建物、設備、車両、電話番号、ドメイン等の所有者を確認したか。
- 定款、登記、議事録、株主・社員・理事構成、関連当事者取引を確認したか。
- 対象外法人から必要な機能を受ける場合、移行サービス契約を設計したか。
- 少数株主、基金、持分、社員資格、拒否権等、法人形態固有の論点を確認したか。
2. 許認可・指定・行政
- 許認可・指定・登録・届出を、法人・拠点・サービス別に一覧化したか。
- また、指定番号、指定権者、取得日、更新日、変更履歴、管理者を確認したか。
- 株主・役員・名称・所在地・管理者変更時の手続を確認したか。
- 事業譲渡・合併・分割時に新規申請、承認、届出が必要か確認したか。
- 人員、設備、運営、掲示、計画、記録の基準を満たしているか。
- 勤務表と行政届出、請求、雇用契約、実際の勤務を突合したか。
- 実地指導、監査、行政指導、改善報告、返還、処分の履歴を確認したか。
- 未提出・遅延した変更届、更新、加算届、廃止・休止届がないか。
- 所在地自治体の事前相談期限と必要書類を確認したか。
- クロージング条件に行政手続と代替プランを反映したか。
3. 顧客・利用者・紹介元契約
- 全契約を契約主体、金額、期限、更新、解約で台帳化したか。
- さらに、譲渡禁止、支配権変更、通知、再委託、競合、秘密保持条項を抽出したか。
- 法人顧客への個別報告と集計報告の範囲を確認したか。
- 実際のサービス内容が契約・仕様書・SLAと一致するか。
- 個人利用規約、同意文書、プライバシー通知の版管理があるか。
- 未成年者、家族相談、オンライン相談、緊急時の条件を定めているか。
- 自治体・公的機関契約の再委託承認、監査、データ返却を確認したか。
- 紹介元・連携先との覚書、個人情報共有、緊急連絡を確認したか。
- 口頭契約や慣行を文書化します。また、売上台帳と突合したか。
- 承継同意・通知の対象、時期、責任者、失敗時影響を定めたか。
4. 専門職・従業員・業務委託
- そのうえで、職種、資格、登録確認日、役割、拠点、常勤換算を把握したか。
- 管理者、サービス管理責任者、実施者等の必須役割を特定したか。
- 顧客契約で求められる資格・経験と配置が一致するか。
- 代表者・特定専門職への売上、紹介、危機対応、権限の依存を測定したか。
- 雇用契約、就業規則、業務委託契約、秘密保持、知的財産を確認したか。
- 業務委託の労働者性その他の労務論点を専門家と確認したか。
- 事業譲渡時の個別承諾、説明内容、提示条件、回答期限を計画したか。
- 未払残業、長時間労働、休職、ハラスメント、労災、紛争を確認したか。
- 採用所要日数、離職、欠員、委託依存、代替要員を分析したか。
- スーパービジョン、ケース会議、研修、資格維持の仕組みがあるか。
- また、Day 1のシフト、オンコール、緊急対応、管理者を確保したか。
- 退職者・不承諾者が出た場合のサービス縮退計画があるか。
5. 個人情報・相談記録・診療記録
- 記録類型、目的、法的根拠、作成者、保管者、管理者を台帳化したか。
- 要配慮個人情報、個人データ、仮名加工情報等を適切に区分しているか。
- 利用目的の通知・公表、同意、第三者提供、委託を整理したか。
- 事業承継前のDD開示について必要な契約・安全管理を設計したか。
- 公認心理師、医療職、福祉職等の守秘義務を確認したか。
- 氏名削除だけで再識別可能な資料を「匿名」と誤認していないか。
- 保存期間を法令、指定基準、契約、規程ごとに設定しているか。
- 紙、端末、メール、クラウド、録音、バックアップの所在を把握したか。
- さらに、閲覧、変更、出力、削除の権限とログを確認したか。
- 相談記録の未完了、重複、誤紐付け、修正履歴を集計したか。
- ストレスチェック個人結果と人事情報を分離しているか。
- 開示請求、訂正、利用停止、苦情の手続と実績を確認したか。
- 移行対象、譲渡側残置、対象外データを分けたか。
- 交渉不成立時・移行完了時の削除と証明を定めたか。
6. 情報システム・サイバー
- 全クラウド、端末、ネットワーク、アカウント、APIを台帳化したか。
- データフローと保存国・外部送信・再委託先を可視化したか。
- 管理者、共有ID、退職者、外部委託者の権限を棚卸ししたか。
- 多要素認証、暗号化、パッチ、マルウェア対策、端末管理を確認したか。
- そのうえで、アクセス・管理・出力ログの取得、保存、監視を確認したか。
- バックアップが本番から分離され、復元試験をしているか。
- ランサムウェア、誤送信、紛失、設定公開等の事故履歴を確認したか。
- 事故時の証拠保全、報告、本人通知、顧客連絡を訓練しているか。
- 委託契約の責任分界、SLA、再委託、監査、事故通知を確認したか。
- 解約時のデータ出力形式、支援、削除、バックアップ残存を確認したか。
- ドメイン、メール、電話、SNS、決済等の名義と移管性を確認したか。
- 生成AI、文字起こし、会議ボット、ブラウザ拡張の利用実態を確認したか。
- RPO・RTO、代替運用、緊急連絡、BCPをテストしたか。
- また、本番移行のリハーサル、照合、切戻し、旧環境削除を計画したか。
7. 地域連携・事業継続
- 紹介元を地域・類型・件数・重要性で集計したか。
- 代表者個人依存と組織的関係を分けて評価したか。
- 紹介、受入、逆紹介、緊急時の基準を文書化しているか。
- 本人同意と共有範囲が紹介元ごとに整合しているか。
- FAX、メール、電話、地域連携ツールの安全管理を確認したか。
- 地域会議、共同研修、定例接点、担当者変更履歴を確認したか。
- 重要紹介元への説明順序、共同訪問、FAQを準備したか。
- 医療・福祉・企業・自治体の緊急連携先をDay 1に使えるか。
- そのうえで、地域での評判、口コミ、苦情、名称変更の影響を確認したか。
- 災害・通信障害時の地域サービス継続と安否確認を計画したか。
8. 財務・税務・請求
- さらに、サービス・顧客・拠点・法人別の売上と粗利を再現できるか。
- 契約単価、請求、提供実績、入金をサンプル突合したか。
- また、前受、未消化枠、回数券、返金、キャンセルを確認したか。
- 返戻、過誤、加算、返還、未請求、請求締め後調整を確認したか。
- 補助金、助成金、委託費の条件と返還リスクを確認したか。
- さらに、顧客集中、更新月、解約率、値上げ、利用率を分析したか。
- 代表者報酬、関係者取引、賃料等を正常化したか。
- 欠員、セキュリティ、許認可是正、PMIに必要な費用を織り込んだか。
- そのうえで、税務申告、源泉、消費税、社会保険、給与を専門家と確認したか。
- 運転資本、クロージング調整、未払・引当を定義したか。
9. 品質・事故・保険
- 苦情、事故、ヒヤリ・ハット、内部通報を類型別に把握したか。
- 重大性、報告、原因、再発防止、完了確認を追跡したか。
- また、自傷他害等の危機評価・エスカレーション手順を確認したか。
- 専門職の境界、利益相反、ハラスメント対応を確認したか。
- そのうえで、サービス品質指標と顧客報告の根拠を確認したか。
- さらに、専門職賠償、施設賠償、サイバー等の保険範囲を確認したか。
- 訴訟、請求、行政対応、和解、保険通知を確認したか。
- 未解決案件のクロージング後責任と連絡体制を定めたか。
10. 最終契約・実行・PMI
- また、重要発見事項を価格、前提条件、表明保証、誓約、補償へ反映したか。
- 重要顧客同意、行政手続、キーパーソン残留を条件化したか。
- データ移行、旧環境保持・削除、事故協力を契約化したか。
- 個人情報・記録の管理責任が切り替わる時点を定めたか。
- また、Day 1の責任者、シフト、相談窓口、緊急連絡を確定したか。
- 従業員、顧客、利用者、紹介元、行政への説明文を準備したか。
- 30日・100日のPMI指標と会議体を定めたか。
- さらに、統合を急がず維持すべきブランド・記録・臨床運用を特定したか。
- 未確認事項、例外、暫定運用に期限と責任者を付けたか。
- クロージング後監査と改善完了判定を計画したか。
想定ケース:地域EAP・リワーク事業のメンタルヘルス事業のDD
また、想定ケースを通じて開示ゲートと四層評価のつながりを確認します。
そのうえで、以下は複数の実務論点を説明するための架空の想定ケースです。また、実在する企業・取引・成果を示すものではありません。
対象事業の概要
A社は地方中核市で二十年運営する株式会社です。法人向けEAP、個人カウンセリング、企業研修を行います。同じ代表者が理事を務めるB法人は指定就労移行支援事業所を運営しています。A社の事務所とB法人の事業所は同じ建物の別区画にあり、受付電話、ウェブサイト、経理担当、ファイル共有を一部共用しています。代表者は公認心理師で、地域の精神科医療機関や企業人事から厚い信頼を得ています。
また、譲受候補C社は、隣接県で産業保健サービスを運営する会社です。A社株式の取得を希望します。ただし、B法人は取引対象外です。C社はA社の法人契約と地域ブランドに魅力を感じる一方、相談記録の管理、代表依存、B法人との共有機能を懸念しています。
匿名段階で確認した事項
初期資料では社名や顧客名を出さず、EAP売上、研修売上、個人相談売上の三期推移、上位顧客集中度、契約更新月、専門職の職種別人数、地域別紹介比率、システム類型、重大事故の有無を示しました。医療機関名、法人顧客名、相談者情報、従業員名は開示していません。
さらに、この段階で、C社はA社の規模と戦略適合性を判断できました。同時に、A社とB法人の共有機能があります。そのため、単純な株式取得だけで完了しません。共有機能の切分けが必要だと認識しました。さらに、双方はNDAへ、個人データの目的限定、複製禁止、AIサービス入力禁止、交渉不成立時の削除、事故連絡を追加しました。
NDA後に見つかった四層の論点
契約層:法人顧客五十社のうち、上位二社に支配権変更時の通知条項があります。一社は再委託を事前承認制としていました。古い契約には相談員資格の要件がありません。ただし、実際の提案書では公認心理師配置を約束していました。契約原本、提案書、月次報告を合わせて確認します。また、C社は承継後も同等配置を続ける必要があると判断しました。
専門職層:代表者が面談の三割と営業の七割を担いました。また、主要紹介元対応の八割も担いました。別の常勤公認心理師が面談品質管理を担っていました。ただし、顧客折衝の経験は限定的でした。代表者の一年残留だけでは足りず、顧客別引継ぎ、紹介元共同訪問、次期責任者育成、管理権限移管を月次計画にしました。
情報システム層と地域紹介層
情報システム層:予約システムはA社契約でした。ただし、ファイル共有は代表者個人アカウント、ウェブドメインは制作会社名義でした。A社とB法人の権限分離が不十分で、受付担当者が双方の予約名を閲覧できました。取引前に個別データの大規模移動はしません。アクセス分離、会社管理アカウント、ドメイン移管合意をクロージング条件にしました。
地域紹介層:紹介元の半数は組織窓口ではなく代表者の携帯電話へ連絡していました。紹介記録には相談者名と紹介元担当者が同じ表に記載されていました。DD用には個人名を除いた地域・類型・件数の集計へ変え、基本合意後に重要紹介元の名称を限定開示しました。クロージング後の共同挨拶は、利用者情報を持ち出さず、連絡経路とサービス継続を説明する計画としました。
相談記録を開かずに確認できたこと
C社は、最初から相談記録本文を要求しませんでした。A社は、記録件数、作成率、作成遅延、担当者、最終更新、保存先、権限、同意バージョンを集計しました。また、その結果、一部の業務委託者が面談後に個人PCで下書きします。また、週末に本システムへ転記していることが判明しました。
問題は相談内容ではありません。端末と記録遅延でした。A社は会社管理端末とブラウザ経由入力へ変更します。また、ローカル保存を禁止、記録期限を設定しました。また、改善後のログと未完了率を確認できたことが背景にあります。そのため、C社は生の記録を広く閲覧することなく統制を評価できました。臨床品質については、十分に加工した少数サンプルを、指定された専門家が閲覧専用環境で確認します。また、個人内容ではなく記載基準の適合性だけを報告しました。
取引条件への反映
最終契約では、主要顧客への必要通知、ドメイン移管、A社・B法人のアクセス分離、代表者の引継ぎ、重要専門職との継続合意をクロージング条件または誓約へ反映しました。過去の情報管理事故については、開示済み事項を明確にします。未開示の重大事故や法令違反に関する表明保証、既知問題の改善計画を定めました。
移行サービス契約では、B法人が三か月間だけ受付・経理の一部を提供します。対象データ、担当者、アクセス、費用、事故、終了、削除を定めました。さらに、共有ファイルを無期限に残す方式は採用しませんでした。
Day 1から100日
また、Day 1は、相談窓口、担当者、守秘、利用条件を変えず、社内外へ「運営法人の株主変更です。相談内容を新たな目的へ使わない」ことを説明しました。三十日までに主要顧客と紹介元へ共同挨拶します。また、次期責任者を紹介しました。また、百日までにアカウント統合ではなく権限標準化を優先します。記録システムの本格統合は、データマッピングと移行テスト後へ延期しました。
このケースの要点は、情報を多く見たから成功したのではありません。四層の依存関係を可視化します。生の相談記録を見なくても確認できる統制を先に使ったことです。
クロージング後のPMIで記録と信頼を守る100日
中小企業庁の中小PMIガイドラインは、PMIをM&A成立前から準備します。また、成立後の集中実施期、さらに継続的な取組として捉えています。メンタルヘルス事業では、統合効果を急ぐより、サービス停止、専門職離職、相談者不安、情報事故を避ける「機能維持」が初期の優先です。
クロージング前のプレPMI
- また、Day 1の経営責任者、臨床・支援責任者、情報管理責任者を決める。
- 当日予約、訪問、緊急ケース、未完了記録の継続手順を作る。
- 従業員、業務委託者、顧客、利用者、紹介元、行政への説明文を準備する。
- さらに、管理者、資格者、人員基準、オンコールを確認する。
- メール、電話、ドメイン、予約、記録、請求、決済の管理権限を確認する。
- また、事故時の連絡網と、旧経営者・旧委託先の協力義務を定める。
- また、統合せず維持するもの、即時是正するもの、後日統合するものを分類する。
Day 1:変えないことを明確にする
Day 1に必要なのは華やかなブランド統合ではありません。誰が責任者か、相談窓口が使えるか、守秘と情報管理が維持されるか、給与・委託料・請求が動くかの確認です。利用者には、運営主体、サービス、担当者、記録、窓口への影響を平易に説明します。また、不必要に買収の財務条件を伝えません。
システムは、緊急なセキュリティ是正を除き、当日一斉統合を避けます。また、アカウント乗っ取りや停止を防ぐことが背景にあります。そのため、特権IDと請求名義を確保します。データ移行は承認済み計画に従います。旧経営者の個人端末や個人メールを使い続ける暫定運用には期限を付けます。
30日:関係と運用の安定化
三十日までに、専門職面談、関係者説明、行政手続、権限棚卸しを進めます。また、事故・苦情の継続対応、未完了記録の解消を進めます。買い手の標準規程をそのまま配布するのではありません。さらに、譲渡企業の現場フローと矛盾しないかを確認します。
指標は、売上だけではありません。さらに、専門職残留、初回待機日数、キャンセル、未完了記録、苦情、紹介件数、システム停止、権限例外、顧客同意の進捗を追います。異常が出たときに誰が止める判断をするかを明確にします。
100日:標準化と成長の順序を決める
百日までに、システム、契約、組織、ブランド、価格、営業の中期統合計画を作ります。ただし、地域ブランドや紹介経路が価値の中心という前提を置きます。また、その場合、名称を残す選択もあります。記録様式の統一は、臨床・支援品質、法令、指定、顧客契約を確認します。過去記録を書き換えず、新旧の対応関係を残します。
クロスセルは、既存相談データを買い手の別サービス営業へ転用する前に、利用目的と本人説明を確認します。また、「同じグループになったから自由に使える」と考えてはいけません。法人顧客へ新サービスを提案する場合も、契約上の情報利用と利益相反を確認します。
PMI完了を「システム統合」で定義しない
PMIの完了条件は、相談者が安心して利用を続けられ、専門職が役割を理解します。また、必要な許認可・指定と人員が維持され、契約・記録・情報システム・地域連携が統制下にあることです。単一システムへの移行やロゴ変更は手段にすぎません。統合により事故や離職が増えることが前提です。その場合、順序を見直します。
DDで見逃しやすいレッドフラッグ
- 「相談記録は匿名」でも、勤務先、日時、担当者、内容から本人を識別できる。
- さらに、法人顧客へ個別相談の利用有無を口頭で回答する慣行がある。
- 代表者個人のメール、クラウド、電話、端末に顧客・相談情報が集約されている。
- また、資格者数は足りるが、勤務表・請求・行政届出の配置が一致しない。
- サービス管理責任者、管理者、実施者等の役割が名義だけで、実務をしていない。
- 事故ゼロとされる一方、事故・苦情・ヒヤリ・ハットの報告基準がない。
- バックアップはあるが、同じクラウド・同じ管理アカウントで、復元試験をしていない。
- そのうえで、退職者、外注先、制作会社が管理者権限を持ち続けている。
- オンライン面談の録画・AI要約が既定有効で、同意・保存・利用目的が不明。
- 主要顧客との最新仕様が提案書にしかなく、基本契約と矛盾する。
- 紹介元との関係が代表者の携帯電話だけで、組織連絡先がない。
- また、事業譲渡なのに、従業員・顧客・賃貸借・システム契約の同意工程がない。
- 医療・福祉・訪問看護を含むのに、所管行政庁への事前相談予定がない。
- 売上成長が欠員や無償残業による提供能力の超過で支えられている。
- DDデータルームから大量ダウンロードでき、閲覧者・削除期限を管理していない。
発見後の評価と取引判断
レッドフラッグが一つあるだけで取引を中止すべきとは限りません。さらに、事実、影響、修復可能性、費用、期限、再発性を評価します。クロージング前是正、価格、補償、PMIへ振り分けます。ただし、虚偽説明、記録改ざん、重大事故の隠蔽、行政対応の妨害、継続的な人権侵害等が疑われる場合を想定します。その場合、調査範囲と取引継続を専門家と再検討します。
メンタルヘルス事業のDDでよくある質問
Q1. NDAを締結すれば、相談記録を買い手へ見せられますか。
また、NDAは重要です。ただし、それだけで十分とは限りません。事業承継に伴う個人データ提供の整理、開示目的、必要性、最小化、利用目的、閲覧者、専門職の守秘義務、法人顧客契約、相談者への説明、事故時、交渉不成立時の削除等を確認します。また、通常は、規程、様式、集計、メタデータ、監査結果から始め、生の相談記録は原則的な初期開示資料にしません。
Q2. 氏名と連絡先を黒塗りすれば匿名資料になりますか。
必ずしもなりません。勤務先、部署、地域、年齢、相談日時、稀な出来事、担当者等を他の情報と容易に照合して本人を識別できる場合、個人情報に該当し得ます。法的な匿名加工情報と、営業上の「匿名案件」、単なるマスキングを区別してください。再識別リスクを評価します。また、項目削除、一般化、件数抑制、サンプル選定、閲覧制限を組み合わせます。
Q3. 買い手が医療法人や公認心理師なら、記録を広く見せてもよいですか。
買い手の属性だけで閲覧の正当性や必要性が決まるわけではありません。取引判断に必要な役割を持つ限定担当者か、どの目的で、どの範囲を見るかを定めます。医療資格・心理資格の守秘義務は重要です。ただし、NDA、個人情報保護、安全管理、顧客契約、利益相反等の確認が不要になるわけではありません。
Q4. カウンセリング会社には許認可がないので、法務DDは簡単ですか。
一律には言えません。医療行為ではない相談・研修だけなら業法上の指定が中心でない場合もあります。ただし、法人契約、個人情報、広告、専門職表示、労務、オンラインサービス、職業紹介、外部委託等の論点があります。実際に医療、障害福祉、訪問看護等を併営していないか、サービス名称ではなく業務実態を確認します。
Q5. 株式譲渡なら、顧客契約や指定は何も変わりませんか。
さらに、株式譲渡では契約当事者たる法人が同一であることが一般的です。ただし、契約の支配権変更条項、通知義務、行政上の役員・代表・管理者変更、欠格事由、実質的支配、金融機関条件等を確認します。医療法人、社会福祉法人、NPO法人等は株式会社とガバナンスや取引方法が異なることが背景にあります。そのため、法人形態ごとの検討が必要です。
Q6. 事業譲渡では従業員をそのまま移せますか。
厚生労働省の事業譲渡等指針は、事業譲渡における労働契約承継を取り上げます。具体的には、承継予定労働者の個別承諾を得る必要があると示しています。譲受会社の概要、業務、勤務地、労働条件等を説明します。さらに、真意による承諾を得る工程を準備します。また、専門職の残留見込みを早く知りたい一方、秘密保持も必要です。そのため、説明時期と対象順を慎重に設計します。
Q7. 訪問看護や就労支援の人員基準は、直近月だけ見れば十分ですか。
十分ではありません。直近だけ一時的に整えている可能性や、休職・退職・兼務・有給等により継続的な充足が難しい場合があります。少なくとも一定期間の勤務表、雇用・委託契約、資格、給与、請求、届出を突合します。また、クロージング後のシフトと採用見込みまで確認します。具体的な期間・算定はサービスと所管庁に応じて判断します。
Q8. 地域の紹介元は契約がないため、DD対象外ですか。
また、契約がなくても重要な無形資産・継続リスクです。地域、機関類型、紹介件数、受入率、逆紹介を確認します。また、緊急連携、担当者依存、共有方法も見ます。ただし、初期段階で固有名や利用者情報を開示しません。集計・コード化から始めます。関係の承継には、買い手の信用、担当者、サービス方針、共同説明が重要です。
Q9. サイバー保険に入っていれば、セキュリティDDは省けますか。
省けません。保険には対象業務、免責、限度額、通知期限、セキュリティ条件があります。事故時のサービス停止、相談者への影響、行政・顧客対応、評判、復旧は保険金だけでは解決しません。資産台帳、権限、MFA、バックアップ、委託先、事故対応、BCPを確認します。保険は残余リスクへの一手段として評価します。
Q10. 譲渡企業はDD準備をいつ始めるべきですか。
さらに、売却を正式決定する前でも始められます。最初は社名や顧客名を外へ出さず、法人・拠点・許認可・契約・人員・システム・データ・紹介元の棚卸しをします。また、未完了記録、権限、契約原本の整理をします。そのうえで、準備により問題を早く是正でき、開示範囲を自ら管理しやすくなります。買い手候補へ直接資料を送る前に、開示ゲートとデータルーム方針を決めてください。
関連する解説・相談窓口
- メンタルヘルス事業のDDで準備する書類一覧:資料ごとの担当者、作成日、開示範囲を整理する。
- EAP事業の売却で法人契約を価値に変える方法:法人契約、更新、再委託、支配権変更の深掘り。
- 産業保健周辺事業の公開事例:公表情報と検討上の論点を確認する。
- 情報セキュリティ方針:相談前に確認できる当センターの情報管理方針。
- 中小M&Aガイドライン遵守方針:支援方針と利益相反管理の確認。
- 譲渡希望企業様の匿名相談:社名非開示で準備範囲を確認する窓口。
一次情報・公的資料
制度は改正されることが背景にあります。そのため、取引時点の最新版と所管行政庁の案内を確認してください。そのうえで、以下は2026年8月10日に確認した主要な一次情報・公的資料です。
法令・ガイドラインの一覧
- e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」
- 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」
- 個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」
- 個人情報保護委員会「医療・介護関係事業者ガイダンスQ&A」
- 個人情報保護委員会「漏えい等の対応とお役立ち資料」
- e-Gov法令検索「公認心理師法」
- e-Gov法令検索「医師法」
- e-Gov法令検索「医療法」
- 厚生労働省「医療法人・医業経営のホームページ」
- 厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第7.0版」
- 経済産業省「医療情報を取り扱う情報システム・サービス提供事業者における安全管理ガイドライン」
- 厚生労働省「心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導等に関する指針」
- 厚生労働省「雇用管理分野における健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」
- e-Gov法令検索「指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準」
- e-Gov法令検索「指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準」
- 厚生労働省「障害福祉サービス事業所の指定」
- 厚生労働省「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン第3版」
- 中小企業庁「中小PMIガイドライン」
確認日と更新時の注意
最終確認日:2026年8月10日。法令・ガイドライン、報酬・指定基準、行政運用は改正されることが背景にあります。そのため、実際のDD・取引では最新版を確認してください。